傍田
「続いてはきのう(5年24日)からお伝えしている『逆転する世界』。
きょうは長引く景気の低迷が響いて国民の豊かな生活が脅かされている先進国・アメリカの現状についてです」
逆転する世界 衰退する先進国
鎌倉
「きょう(5月25日)も、このテーマを担当する国際部の別府デスクに来てもらいました。
世界一の経済大国のはずのアメリカが衰退している、ということですが、具体的にはどういった動きなのでしょうか?」
別府
「アメリカ国民の生活が疲弊していることは、統計にもはっきりと表れています。
去年発表された最新の国勢調査によりますと、貧困層は前の年から260万人増えて4620万人になりました。
これは52年前に統計が採られるようになって以来、最悪です」
こちらをご覧下さい。
貧困層の割合は、ここ数年、急速に伸びて、2010年には全人口の15.1%。
ちなみに、貧困層の基準は、この年の時点で4人家族で2万2000ドルあまり、日本円で年間およそ180万円以下の収入で生活している人たちです。
貧困層の増加とともに平均年収も落ちていて、ニューヨークタイムズは、『収入が増えない期間がこれほど長期になるのは、大恐慌以来だ』と指摘する識者の声を伝えています。
国民の、特に中間層の落ち込みは生活の質に大きな影響を与えていまして、それが顕著に現れているのが実は『歯の治療』なんです。リポートをご覧下さい」
“歯が治せない”衰退するアメリカ
午前4時半。
カリフォルニア州中部の街にできた長蛇の列。
「オレゴン州から来ました 2日前から並んでいます」
「10年近く歯医者に行っていないので、診てもらおうと思って来ました」
地元の歯科医師などがボランティアで開いた大規模な歯の治療イベントです。
並んでいるのは高額な医療費を払えないことから、歯の治療をできずにいる人たちです。
その数、なんと1000人以上。
リポート 松本祥子
「会場では、歯科医師をはじめ、300人の医療関係者が参加して、無料で治療にあたっています、2日間で約2000人の患者を治療するということです」
大きなイベント会場を借りて並べた治療ブース。
エックス線撮影による診察や、詰め物、抜歯、クリーニング、入れ歯などの治療を無料で提供しています。
主催した歯科医師
「イベントを行うたびに深刻な症状の患者が見つかります。
不況の影響で訪れる患者の数は増えています」
会場に2日前から徹夜で並んでいたサンディ・プレストンさん(50歳)です。
この日は歯のクリーニングをしてもらいました。
サンディ・プレストンさん
「クリーニングはできましたが一部の歯は治せませんでした」
不況で2年前に11年間働いていた会社が倒産し、失業したプレストンさん。
今も仕事が見つからず、収入がありません。
娘と2人で暮らしていた家も引き払い、今は実家で生活しています。
歯を治すのにかかる費用は1500ドル。
失業後は保険もなく、治療費が払えないため、鎮痛剤を飲んで歯の痛みを我慢するしかないといいます。
サンディ・プレストンさん
「治療費が高くて歯医者は行けないので、このまま我慢するしかありません」
アメリカでは歯の治療には一般的な医療保険がきかず、別に歯の保険に加入することが必要です。
しかし、不況で収入が下がり、保険に入ることが出来ない人が増加。
このため治療を避ける人も増えています。
民間の調査機関の調べでは、国民のおよそ3人に1人が費用を捻出できないため、歯の治療を断念しているといいます。
費用を払えない人の中には、国内での治療をあきらめ、海外で歯の治療を行う人も増えています。
「海外まで行くなんてばかげていると思ったけど、来てしまいました」
車で3時間あまりかけて到着したのはアメリカとの国境にあるメキシコの街、ロス・アルゴドネスです。
街の一角には300もの歯科医院とクリニックが軒を連ねています。
治療内容によってはアメリカよりもおよそ3分の1の費用で済み、しかも、日帰りで治療を受けられることから、年間1万5千人のアメリカ人が国境を越えて治療に訪れているといいます。
こちらの歯科医院では、アメリカで学んだ歯科医師が、虫歯の治療から高度な神経治療、インプラントに至るまで、最新の機材を導入して治療に当たっています。
歯科医師
「患者の99%はアメリカ人です。
アメリカと同じ医療を提供しているので、患者は同じ水準の治療を受けられます」
アメリカから来た患者
「ここの治療費は100ドルなので、アメリカより200ドルも節約できました。
またメキシコに来たいわ」
歯の治療がまともに受けられなくなっているアメリカ。
今後、貧困層の増加でますます深刻化しそうです。
鎌倉
「歯の治療を断念する人が出るほどに、アメリカの貧困が深刻化しているんですね?」
別府
「そうですね。
アメリカは、世界最高水準の医療を誇っていますが、特に歯科治療では保険制度の改革が本格的に行われていないため、貧富の格差が広がる中、その恩恵を受けられない人が増えているんです。
ここで別の統計も見てみたいと思います。
こちらは『乳幼児死亡率』の各国の順位を示した表です。
当たり前ですが低ければ低いほど順位が高くなります。
各国のランキングですが、1960年には、上位はヨーロッパの国が占め、アメリカは12位でした。
しかし2004年には、29位にまで落ちています。
逆にシンガポールや香港それに日本などアジアの国や地域が上位に入っています。
それだけ、この分野でのアメリカの国力が相対的に落ちているといえます」
衰退する先進国 世界は無極化へ
傍田
「アメリカ以外も含めて先進国全体でも経済が大きな曲がり角を迎えているのが今の状況」
別府
「きのう(5月24日)も話に出ましたが、アメリカのリーマンショック、ヨーロッパの信用不安で先進国の経済がきわめて不安定なのに対し、新興国は元気です。
今月(2012年5月)中旬、アメリカでG8サミット=主要国首脳会議があったが、年々、G8サミットに対する関心は低下し、サミット不要論も一部で飛び出すほどになってきました。
リーマンショックの後、G8の8か国だけでは対応できないとして、新興国も加えたG20のサミットが開かれ、今では、定例化していますが、これは世界の多極化を象徴する動きとも受け止められました。
来月のG20サミットは、先ほどのリポートでも出たメキシコで開かれます。
そして、今では『G0(ゼロ)』や『無極化』ともいわれる時代になっています」
逆転する世界 今後の行方は
傍田
「幅広い分野でこれまでの力関係が逆転する動きが出ている中で、我々の世界との向き合い方も変化が迫られているのでしょうか?」
別府
「これまでは、東西冷戦の時代も含めて、日本の外交ではアメリカの方を向いておけば安心、とりあえず欧米と歩調を合わせておけばよい、という面もありました。
しかし、世界はますます多極化しており、様々な国、地域、文化を相手にしないといけなくなっています。
我々の関心にしても、欧米のことだけ知っていればよいと言う姿勢では全く通用しないようです。
新興国はもちろん、『NEXT11』と呼ばれるインドネシアやパキスタン、ナイジェリアやエジプトなどの国々との関係も重要になっています。
世界の出来事に幅広くアンテナを立てておかないと生き抜けない時代なのかもしれません」